急速に進む行政のDX化とスタートアップ企業
導入
企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立することを意味するデジタル・トランスフォーメーション(以下DX)。今日、様々な分野においてDXの必要性が認識され、社会のデジタル化が急速に進められている。
しかし、他の分野に比べてDXが遅れている分野が存在する。行政である。役所で行う行政手続きには「面倒臭い」というイメージを持つ方も少なくないだろう。それらの手続きは必ずしも役所に赴く必要性がなかったり、平日の日中にしか手続きを行うことができないという非効率性が存在している。
これは市民にとって不便であるだけでなく、行政側にとっても膨大な量の情報が一元化されていないことによる非効率さなどの悪影響を及ぼしているのである。このような背景から日本政府の大号令のもと、数年前から日本でも行政のDX化が推進されている。また、行政のDX化を推し進めるGovtech領域はスタートアップ企業にとってもビジネスチャンスが潜んでいる。他のインダストリーに比べて、Govtech市場におけるスタートアップ企業の数はまだまだ少ない。海外のGovtech市場では、カテゴリーごとに代表的なプレイヤーが存在しているが、日本においてはまだそういったプレイヤーが存在していないカテゴリーも多く存在する。
本レポートでは初めに、そもそも現在推進されている行政のDX化にはどのような必要性が存在するのかを問いたい。次に、日本にとっては行政のDX化で先を行く他国での事例を見て、それら海外での事例を参考にした日本政府の取り組みを紹介する。そして地方自治体が日本政府が推進する行政のDX化をどのように実現しているのかを紹介する。最後に既に行政のDX化事業に取り組んでいる日本のスタートアップ企業3社を見て本稿を締めくくりたい。
行政のDX化の必要性
行政のDX化は事業者・国民・行政の三者にメリットが存在する。日本政府が提唱する行政のDX化により提供される三者それぞれのメリットは以下である。
事業者:手続きコストの削減、手続きの容易性向上、民間取引活性化
国民:時間・場所に捉われずサービス享受、手続きの容易性向上
行政:行政業務の効率化、人員削減、データを政策立案に活用
行政事務は増加傾向にある。特に少子高齢化に直面する日本では高齢者の数の増加により行政における社会保障業務の比重が年々大きくなっている。今後も行政事務は増え続け、高齢者の数もまだまだ増加傾向にあるので、早急に行政の効率化が求められる。また、子供の時からインターネットのある状態で育った20代以下の世代は、他の民間企業のサービスと比べると大きく見劣りする行政のDX化の進みの遅さには不満を募らせている。
デンマークでの行政のDX化の事例
本節では行政のDX化が進んでいることで知られているデンマークを取り上げる。国際連合によるデジタル化政府ランキング2020においてデンマークは一位となった。2019年7月に内閣官房IT総合戦略室が発表した『海外戦略まとめ(デジタルガバメント)』の中にデンマークが2016年に掲げたデジタル化計画も含まれており、日本政府が現在取り組んでいる行政のDX化の参考にされたと推測できる。
デンマーク・デジタル政府への道のり
デンマークにおける行政のDX化の取り組みが始まったのは2002年のことである。その歩みは以下の通りである。
2002年「電子政府に向けて−デンマークの公的部門におけるビジョンと戦略」
- 地方自治体-中央政府などの公共機関間におけるデータ連携
2004年「新電子戦略」
- データを活用することにより従来の紙主体の行政業務からの効率性向上
2007年「電子政府戦略2007-2010」
- 行政・国民、行政・企業という行政内の枠組みに留まらない領域でデジタル化を推進
2011年「電子政府戦略2011−2015」
- 行政手続きにおけるペーパーレス化
- 教育・医療・福祉・雇用におけるICTを活用し、企業の持続的成長を実現
- 2015年までに行政手続きは原則セルフサービスでオンラインで行う
2016年「電子政府戦略2016-2020」
- 行政手続きの主要手段をインターネットに
- 自治体によるDXに伴う変更点への対応における企業と市民へのサポート
- 公共データーの保存と再利用
- 安全と信頼を確立
これらのデンマーク政府の政策は、国民と行政の両方にメリットを生んできた。会社設立や納税などの手続きもネット上で行うことが可能になり、国民が行政手続きにかける時間は平均して1-2日減少した。また、行政コストも最大½ に減少したとされている。
デンマーク政府の成功の理由
デンマーク最大のIT企業であるKMD社を子会社として保有するNECの分析によるとデンマーク政府の成功は以下の3点に依拠する。
①公的機関が一体となった「一貫性」のあるデジタル化の推進
- 中央政府、自治体、公立学校などのあらゆる公共機関が目的や目標を共有し、継続的に連携
②ユーザー目線での行政プロセスやデータの標準化
- 徹底的にユーザー目線に立つことにより国民の理解と信頼を得る
③法整備によデジタル化の推進
- 国民の理解と信頼を得ながら法的整備を進める
このようにデンマークは時間をかけて行政から市民社会へと徐々にデジタル化を進めてきた。日本でも行政のDX化を実現するためには日本政府の主導で行われる必要がある。次節では今日まで日本政府がどのように行政のDX化の実現の道を模索してきたかを記したい。
日本政府の取り組み
前節で取り上げた国連によるデジタル化政府ランキング2020において日本は前回2018年より順位を4つ落とした14位に沈んだ。前回2018年のランキングにおける日本の点数は0.8783で、今回は0.8989である。順位は落としたが、点数から判断すると日本政府のデジタル化の試みは前進していると言える。前節のデンマークの事例で見たように、ある社会がデジタル化を実現できるかどうかは中央政府の取り組みにかかっている。そこで本節では、日本社会のデジタル化を牽引しようとしている日本政府の取り組みを紹介する。
日本社会におけるデジタル化には次の4つの時代が存在する。
第一期:ICTインフラの整備
第二期:ICT活用を推進
第三期:デジタルデータの活用を推進
第四期(現在):デジタル社会の構築
ICTのインフラ整備は十分に進んだが、IT・デジタルデータ利用の面での課題は多く存在する。官民共同で取り組むべき大きな課題として行政におけるDX化がある。2001年にIT国家戦略として公表された「e-Japan戦略」以降の各戦略において行政のDX化(政府のデジタル化)は重要事項として挙げられてきたが、十分な改革が行われてきたとは言い難い。
まず政府自らがデジタル化に取り組むことによって、デジタル化の波を自治体や民間企業に広め、ITを活用した効率的な社会を構築しようというのが第四期の政府の目論見である。2021年9月に設立されたデジタル庁は日本政府のデジタル化への意志の表れである。ここから先は行政のDX化の中でも地方自治体におけるDXを日本政府がどのように推し進めているかを見ていく。
自治体DX推進計画
2020年12月25日、政府は2021年から2026年3月を対象期間とする6つの重点取組事項を含む「自治体DX推進計画」を公表した。自治体が取り組むべき事項・内容の具体化を総務省が行い、総務省とその他関係省庁による支援策がまとめられている。これは、国が主導的な役割を務め、自治体全体として足並みを揃えて行政のDX化を進めていくという政府の方針によるものである。「自治体DX推進計画」を実行することにより、地方自治体は業務が効率化され、人的資源をサービスの向上に活用することが出来る。また、市民の住民性も向上する。上記の6つの重点取組事項は以下である。
①自治体の情報システムの標準化・共通化
- 2025年度を目標とする
- 自治体の主要17業務のシステムの標準仕様を国が策定
- 現状:各自治体がそれぞれの業務システムを開発・運用→「ガバメントクラウド」:共通的な基盤・機能を提供する「ガバメントクラウド」を国や自治体が使用
②マイナンバーカードの普及促進
- 2022年度末までにほとんどの住民がマイナンバーカードを保有している状態を目指す
- 出張申請受付等の申請促進と共に臨時交付窓口設置等の交付体制を充実
③自治体の行政手続きのオンライン化
- マイナンバーカードを用いて行うことが想定される31の行政手続きをマイナポータルから行うことを可能に
- マイナポータルに自治体との接続機能等を実装
④自治体のAI・RPAの利用促進
- 上記①、③を足掛かりにAIやRPAの導入・活用を推進
⑤テレワークの促進
- 上記①、③を足掛かりにテレワークの対象業務を拡大
⑥セキュリティー対策の徹底
- 2020年にセキュリティポリシーガイドラインを総務省が改訂
- セキュリティ対策を徹底
前節で紹介したデンマーク政府の取り組みと比べると日本の現状は見劣りするのは間違いない。しかし、上記の日本政府の取り組みが功を奏し、行政のDX化を積極的に進めることに成功している自治体も存在する。次節では、行政のDX化が進んでいる自治体として、愛知県瀬戸市と滋賀県を取り上げる。
日本での行政のDX化の事例
本節では、行政のDX化の2つの成功例を紹介する。第一例は、デジタル技術を活用することにより業務改善を行った愛知県瀬戸市。行政手続きをオンライン化することにより効率化を図った滋賀県が第二例である。
愛知県瀬戸市
少子高齢化に伴う生産年齢などの状況をものともせず、瀬戸市は持続可能なまちを実現するためにICTを活用することを選択し、2021年に「瀬戸市ICT戦略推進プラン・官民データ活用推進計画」を策定。このようにICT活用に前向きな瀬戸市がデジタル技術を活用して業務改善を実現させた事例として、電子決済機能付き文書管理システムの導入がある。文書の検索時間短縮による事務の効率化、情報の一元管理による文書管理の強化などの効果が期待されている。新システム導入により、行政事務の完全ペーパーレス化を推進し、将来的な文書の完全電子管理への道筋が立った。
滋賀県
行政手続きの申請の際の必要書類が市民にとって分かりにくい、それらに関する市民からの問い合わせが行政にとって負担になっているという課題が存在していた。課題解決のために県の主導のもと、滋賀県内14市町と共同研究事業を実施した。行政手続きをオンライン申請出来るシステムの試験運用を約半年間実施した。試験運用を経て令和3年度から県と14市町の一部でシステムの共同調達を開始。行政の事務負担・費用負担の軽減、統一された分かりやすい行政市手続きサービスの提供による市民の利便性向上などがシステム導入により期待される効果である。
行政のDX化事業に携わるスタートアップ企業
導入で述べたように、行政のDX化を推進するGovtech領域におけるスタートアップ企業の数はまだまだ少ない。本稿では先んじて行政のDX化事業に取り組むスタートアップ企業を3社紹介する。
株式会社フィラメント
20年間地方公務員として勤務した角勝氏が2015年に創業した株式会社フィラメント。フィラメントは創業以来いくつもの公民連携事例を生み出している。数多くの事例の中の一つにコロナ禍における神戸市と出前館の連携をフィラメントが支援したという事例がある。外出の自粛が求められるコロナ禍で大きな影響を受けた飲食店。飲食店が次々と閉店してしまうのを防ぐために、神戸市による消費者のサービス利用料助成、飲食店の初期製作費用免除、配達代行手数料助成などの神戸市と出前館の連携を可能にした。
株式会社AmbiRise
フィラメントと同じく、元・公務員の田中寛純氏がCEOとCTOを務める株式会社AmbiRise。元・公務員の経験を活かして、田中さんが最初に開発したのはHaratteというサービス。これは事業者に行政宛の請求書をデジタルで発行する事を可能にし、行政側もそれをデジタルで受け取れるというサービスである。これは事業者・行政の両方の業務効率化に貢献する。
株式会社アイセック
新潟県の健康寿命延伸に寄与することを目指して2019年に設立された株式会社アイセック。アイセックが取り組む事業の一つに、2021年に新潟市から受託した「市町村データヘルス計画策定・実施支援のための医療情報分析等事業」がある。新潟県から市民の医療情報等を譲り受けて解析、健康増進に繋がる情報や具体的な課題を可視化したり、効果的かつ効率的な保健事業の実施をするためのデータヘルス計画ひながたの作成などを行っている。
Govtech領域に進出しているスタートアップ企業の数はまだ多くないが、本節で取り上げた3社のように成功を収めているスタートアップ企業は存在し、Govtech領域へのさらなるスタートアップ企業の進出が見込まれる。
まとめ
業務の効率化を実現するDXの必要性が認識され、様々な分野で急激に推進されている。その中でも特にDXが遅れた領域として、本稿では行政のDX化を取り上げた。デンマークなどの他国に大きく遅れを取る日本は、政府の大号令のもと行政のDX化が進められている。上記の愛知県瀬戸市や滋賀県のように実際に行政のDX化に成功している自治体も多く存在しており、今後もさらなる行政のDX化の推進が期待される。また、Govtech領域に参入しているスタートアップ企業はまだまだ少ないが、本稿で記したようにGovtech領域において実際に成功を収めている企業は存在する。この領域はスタートアップ企業にとって大きなビジネスチャンスが潜んでいる。
OPEN VENTURES では、この大きな変化に挑戦するスタートアップを積極的に支援したいと考えています。
事業の壁打ち資金調達に関するご相談などあれば、お気軽にお問い合わせください。
また、OPEN VENTURESの兄弟会社であるRPAテクノロジーズ株式会社は様々なパートナー企業と共に行政のDX化に積極的に取り組んでおり、共に行政のDX化に取り組んでいただけるスタートアップを募集しております。下記よりお気軽にご連絡ください。
▼問い合わせ先
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参考
ビジネスを変革するDXとは? 定義やメリット、国内外の成功事例を専門家が解説
DXレポート〜ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開〜
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