量子コンピュータのビジネスカンファレンスで見えた課題と未来

量子コンピュータのビジネスカンファレンスで見えた課題と未来

技術の発展が目まぐるしい勢いですすむ昨今、コンピュータにより画像認識などの様々な問題が解決できるようになった。
しかし、私たちが普段使っている古典コンピュータでは処理するのに膨大な時間がかかる問題も存在し、そのような問題を素早く計算できる新技術として注目されているのが量子コンピュータだ。

2022年7月13日と14日に東京でQ2B22という量子コンピュータに関するイベントが開催された。
Q2Bイベントは、量子コンピュータ事業を扱う企業と大学が集まり、量子コンピュータの現状と取り組んでいることを各企業と大学の研究の観点から共有するビジネスコンファレンスである。

今回のコンファレンス内の各企業/大学のプレゼンで主に挙がったトピックは、量子優位性の実現、量子コンピュータが適用される分野、量子コンピュータの課題だ。
本稿ではこれらのトピックについて、トピック自体の解説にQ2Bコンファレンス内で得られた情報を交て提示する。
また、上記のトピック以外にも、量子コンピュータ業界の見晴らしと量子コンピュータソリューションのプロセスについて解説する。

量子コンピュータの優位性

本節では量子コンピュータの計算の概要を踏まえた上で、量子優位性について解説する。

量子コンピュータを用いた計算

一般的に量子コンピュータには量子ゲート方式と量子アニーリング方式の二つの計算方式が存在する。
量子ゲート方式は、古典コンピュータでANDゲートやXORゲートを用いてビットに対して操作を加えることで計算するのに対して、量子コンピュータではHゲートやCNOTゲートなどといった特有のゲートをもちいて、量子ビットに対して操作を加えることで計算する。

ここで、量子ビットとは量子コンピューティングの基本単位であり、量子ビットでは量子力学の現象を用いて0と1の重ね合わせの状態を表現できる。
ここが0か1という古典コンピュータのビットと異なる側面である。
この量子ビットに対して0と1を逆転左折NOTゲート出会ったり、0の状態の量子ビットを0と1の重ね合わせの状態に変換するHゲートなどが存在する。

以下では上から古典ゲート、量子ゲートである。

(脚注:古典ゲート, “Classical and Quantum Information”, Dan C. Marinescu and Gabriela M. Marinescu)

(脚注:量子ゲート, Qiskit)

一方、量子アニーリング方式とは、物理学の「量子揺らぎ」の効果を用いて「組み合わせ最適化問題」に特化された専用マシンのことを指す。
「量子揺らぎ」においては数多くの重ね合わせの状態から時間が経過すると、求めたい基底状態の相対的な重みが大きくなりその基底状態が選ばれるという仕組みである。
よく用いられる例として、スピングラスの基底状態の探索問題などが挙げられる。

これらの方式を用いた量子コンピュータが古典コンピュータに比べて得意とする計算は、多くの変数が伴う化学モデルのシミュレーションのような計算である。
また、重ね合わせの原理から、大量のパターンを同時に表現できるため古典コンピュータに比べて計算のステップ数を減らすことができるのでより速く計算できる。

量子優位性とは

ある問題に対して量子優位性が達成される条件は、

①問題が実用的である。
②有効な量子アルゴリズムが存在する。
③どの古典アルゴリズムでも効率的に解けない。
④厳密に証明される。

である。

①の条件からわかるように、量子優位性は実存する問題を意識して定義されている。
実用性はないが、量子コンピュータの方が古典コンピュータよりも効率よく解けることは量子超越と称される。

④の条件からわかるように量子優位性を確立することは簡単ではない。
量子コンピュータによる計算時間と古典コンピュータによる計算時間を数学的に導出し、それらを比較した上で証明がなされる必要がある。

しかし、実際に量子優位性が達成された例もある。
量子機械学習がその例である。20bits/qubitsの系の大きさの量子状態の物理量について学習する場合、量子コンピュータは古典コンピュータに比べて10,000倍も実験の数を削減できる。

また、量子機械学習の他にも、検索やシミュレーションなどの分野において量子優位性が達成されると考えられている。
Q2Bイベント内においても、量子優位性の実現は新しい価値の創出であるとIBMの方が述べられていた。

 

量子コンピュータの技術が適用されるビジネス

量子コンピュータは古典コンピュータではとてもできない計算が可能で、また、コストも削減できるということから世界中の企業がその導入について検討している。

Q2Bカンファレンス内で、量子コンピュータが適用される分野として

・創薬
・金融
・量子機械学習
・渋滞の回避

を各社が挙げていた。

以下のマッキンゼーのグラフを見てもその将来性がわかるように、創薬において、分子構造のモデリングなどに量子コンピュータが用いられる。
多くの変数を要する化合物の構造把握には、多変数を扱うことのできる量子コンピュータが有効なのである。

また、金融においては、顧客のエンゲージメントを高めることや、市場のリスク予測に量子コンピュータが使われると考えられる。
その他にも、自動運転や空飛ぶ車やドローンが主流になる際に、量子コンピュータの計算を用い最適な経路を提示することで渋滞や事故を防ぐことができる。

(脚注:参考文献[12])

量子コンピュータの課題

現状の量子コンピュータには様々な課題がつきまとう。
この記事では誤り耐性とスケール化、また起業する難しさについて解説する。

誤り耐性とスケール化

現在主流の量子コンピュータの総称としてNISQ(Noise Intermediate-Scale Quantum device)の開発が進められているが、計算途中で生じる誤りの影響を受けてしまうという欠点がある。
現在、この欠点をカバーするために様々な研究がなされており、現状の量子コンピュータの計算に伴う誤りを完全に防ぐ方法は見つかっていないが、量子回路の実行の後に誤りを訂正する方法など、一定の条件下において誤りの影響を無くすことが実現されている。

また、スケール化も量子コンピュータが直面する課題である。
量子コンピュータにおけるスケールは、量子ビットの数を指す。
やはり、限られた数の量子ビットでは扱える問題の幅が狭くなるのでより複雑な問題を扱う際には現在の最大量子ビット数よりも多くの量子ビットが必要となる。
しかし、量子ビットの数が増えると誤りが生じる確率も高くなるため、量子コンピュータの処理能力を保ちながら量子ビットの数を増やす必要がある。

起業する難しさ、産業化する難しさ

Q2Bカンファレンスの冒頭にて慶應大学塾長の伊藤公平さんが日本の量子コンピュータ業界の2030年まで達成したい目標として、

・国内の量子技術の利用者を1000万人
・量子業界の生産額を50兆円
・量子ユニコーンベンチャーの創出

を掲げてた。
これは理想だが、やはりその難しさについてカンファレンス内で多く指摘されていた。

まず、量子コンピュータに関して専門的な知識を要することが大きな課題である。
量子ソリューションを導き出すためには、量子力学に関する理解がないと難しい部分があるからだ。

実際、起業の数は2018年がピークで、QunasysのCEOである楊さんによると、量子力学などを専門とする教授らが立ち上げて企業が出尽くしたことが考えれる。
しかし、Q2Bカンファレンスで意見が多かったのは、根強いコミュニティを形成することで産業化につながるということであった。

そのような例として、初期の機械学習が参考になると楊さんは話しており、初期の機械学習による画像の分類の間違える割合が30%などと精度が悪かったが、その後ハッカソンなどを開催していく内に多様なアイデアが生まれ、2・3年で間違える割合が5%にまで下がったという。
これはコミュニティを広げていったことにより成し遂げた成果で、量子コンピュータのコミュニティもこのように広げていき現存する問題により多くの人で取り組むことでより優れた量子コンピュータ、量子アルゴリズムの開発に繋がり、産業化が実現できると考えられる。

その他のトピック

量子コンピュータ業界の見晴らし

Valuenex Inc.のCEOである中村達生さんが当社の分析の結果として発表した量子コンピュータ業界の地図を見ると、業界のトレンドであったり、各企業の得意分野などがわかる。
元の画像はお見せできないが、大まかには以下のような地図になる。
これからもわかるように、現在の量子コンピュータ業界では右下のハードウェアと左上のソフトウェアの事業が主流だが、それらをつなぐ事業というのはまだまだ発展していないことがわかる。
また、各企業の事業内容を地図に反映させると、競争が激しい領域は、超伝導、ハイブリッドコンピュータ、量子機械学習であるとわかる。
IBMやD-wave、Microsoft、Google、Rigettiなどの企業がこれらの領域に取り組んでいる。

また、この地図には書いていないが、2010年から2022年にかけてのトレンドとして、ハードウェアの事業からソフトウェアの事業に移り変わっているトレンドが見受けられる。

量子コンピュータソリューションのプロセス

顧客企業が解決したい問題を持ってきた際にどのように量子コンピュータを用いて解決するかのプロセスを提示する。

まず、初めに問題を定式化する。
これは、数式化はもちろんのこと、解決したい問題を論理的に捉え、分析方法なども考えることも含まれる。
この際に、量子で表現できる問題かどうかも判断する。

次に、定式化された問題に対して量子コンピュータを用いた方がいいのか古典コンピュータによる計算の方がいいのかを考える。
量子コンピュータが全ての問題に対して古典コンピュータより有効である訳ではないことは量子優位性の部分で記述したが、定式化された後にこの判断を下す。

これらの過程が終わると、実際に量子コンピュータ/古典コンピュータを用いて与えられた問題を解く。

量子コンピュータのソリューションによって顧客に満足していただくための最大のポイントは、古典コンピュータでのソリューションと比較した際のコスト削減である。
したがって、顧客に対してコストの比較を明確に提示する必要がある。

まとめ

Q2B2022東京でのイベントでは、現在の量子コンピュータが抱える課題として誤り耐性やスケーラビリティが挙げられており、また、実用性を考えた際に量子優位性の達成が必須だということも謳われていた。
しかし、量子コンピュータのコミュニティを広げるなどして技術の発展を促し、各場面で生じる問題に対処すれば様々な分野で量子コンピュータが応用される未来は遠くはないだろう。

 

OPEN VENTURES では、この大きな変化に挑戦するスタートアップを積極的に支援したいと考えています。
事業の壁打ち資金調達に関するご相談などあれば、お気軽にお問い合わせください。

▼問い合わせ先

https://open-ventures.fund/contact/

 

参考文献

1, 株式会社valuenex, https://en.valuenex.com/

2, 「NISQアルゴリズムとlong-termアルゴリズム」, https://dojo.qulacs.org/ja/latest/notebooks/2.1_NISQ_and_long_term.html

3, ”Quantum Advantage in Learning from Experiments,” Google AI Blog

4, Tirthak Patel and Devesh Tiwari. VERITAS: Accurately Estimating the Correct Output on Noisy IntermediateScale Quantum Computers. In Proceedings of the International Conference for High Performance Computing, Networking, Storage and Analysis, 2020.

5,「量子コンピュータ実現の鍵はスケーラビリティの確立」, MRI

6, 「量子アニーリングとは何か?機械学習を飛躍させるDーwave実装の原理」,田中宗

7, “Apply emerging technology to financial problems,” IBM

8, Qiskit, IBM

9, “Classical and Quantum Information”, Dan C. Marinescu and Gabriela M. Marinescu

10, 「量子ビットとは?」, Microsoft Azure

11, 「量子アニーリング」, 大関真之・西森秀稔

12, ”Quantum computing may be applicable in its early stages in pharmaceuticals”, Quantum computing: An emerging ecosystem and industry use cases, McKinsey&Company